ここ数日久々にゆっくりしています。
で、ヒマなのでちょっとつぶやいてみようかと・・・。
長文です。その2があるかどうかは未定です。(笑)
そして、気まぐれにUPした文ですので、後で消えてなくなるかもしれません。
さてさて・・・
一昨日、某所の子育てに関する記事でこのような言葉を発見し、「ハッ」とする思いがしました。
「氣をかけて手をかけない」
ハッとしたということは、私にも反省点があるからでしょう。
実は、子どもらが小さい頃の子育て中の記憶があまり残っていません。
それはなぜなら、子育て含めていろんなことに無我夢中で、子どもにあまり手をかけていないからなのです。(汗)
では、ちゃんと氣をかけて育てたか?と言われると、唸ってしまいます。(苦笑)
まわりの友人たちの真面目な子育てを見ていて、いろんなパターンがあるのだな~とむしろ他人事のようにいつも思っていました。
子どもと常に向かい合って遊びからお勉強まですべて把握し、自分の事は後回しなお母さんが周囲に結構多いのですが、私にはそのような子育てはできませんでした。
また、「誰かがやってるから。」「みんなやってるから」とそういう情報や習い事に流されないようにしていました。
とにかく、健康で元気で楽しく学校へ行ってくれれば!
宿題しなさい!とか、勉強しなさい!とか縛り付けた事もありません。
習い事に関しても、我家ほどさせていない家も珍しいかもしれません。
傍から見たら、うちの子供たちってカワイソウだったかも?(苦笑)
とはいえ、実は自分のすべきことが優先だった。
そのことに合わせて子ども達を育ててきました。
はっきり言って、身勝手な母でした。
それがもしかしたら子どもに我慢させてしまったかもしれない・・・。
そういうところはわかっていても、「子は親の背中を見て育つ。」という思いでいればいいのかな、と楽観的に考えていました。(相当自分勝手な子育てでした)
子どもというのは、小さい頃、4,5歳位までの記憶があまり残らないようです。
あるとすれば、よほどインパクトの強いことです。
それが傷になってずーっと残ることもあるし、楽しい記憶として残ることもあるでしょう。ただ、反対に、幼い頃というのは、その時の事をすぐに忘れてしまうのです。
だから、あるときには親自身が心を鬼にしなくてはならない時もあると思います。(例えば断乳とかも)
私など、今なら良い子育てができるのにな~とか、あの頃は自分は大人になれていなかったなぁ~とか、、今となれば反省点がたくさんたくさんあります。
でも、後悔先に立たずです。これからでも挽回できると思っています。
これから子育てをされる方には、こういう老婆の後悔を覚えておいていただきたいです。(笑)
ただ、子育てをしていてただ一つこだわっていることは、
一つの事をちゃんと最後までやりとおせる辛抱強さを持ってもらうこと。
でも、実は子どものスポーツなどを通して、親である自分が子どもに教えられることが多いです。
子どもでも大人でも、何かに打ち込む姿は一緒です。
だから、子が親を見て学び、親も子を見て学ぶという事でしょうね。
親であれば、そんな宝物のエピソードがたくさんありませんか?
長男が受験生だった昨年の冬、吹雪の夜に学校へ迎えに行った時のこと、道端を陸上部の部員が吹雪の中走っているのを見て、私が
「こんな日の練習と、受験勉強とどっちがいい?」と冗談交じりに聞いたところ、長男が、
「冬の練習は地獄だった。あの練習を思えば受験勉強なんて楽勝だ。」
こんなさもない会話なのですが、この言葉を聞いて、しばしジーンとして言葉になりませんでした。
そんなにつらい思いをして部活をやり通したのかと。
自分で自分を鍛えて強い精神力を養ってくれたんだなぁと、母としては感無量の時でした。
何しろ、あとセンター試験まで1ヶ月という山場の頃でしたから・・・。
こういう言葉を通して、親としても子どもから教えられるんだなぁと思いました。
とはいえ、今の息子を見ていると、、、この言葉は幻だったのか?と思う事しばしばですが。(苦笑)
そういえば、子育て中にある方に言われた言葉がいつも頭の片隅にあります。
「その人の子育てが成功したかどうかは、その子どもが成長して結婚してどんな子育てをするかでわかる」
・・・という事は、
親は自分の子どもが結婚して家庭を持つまで、「氣」をかけなくてはならないという事なのだと思います。
手をかけるのではなく、常に想う、氣を送り続けるだけでもいいのかな。
あ、父親はどうかって突っ込まれそうですが(苦笑)
父親こそ、女々しく動き回らずとも、黙って氣を送り続ける威厳ある人であって欲しいと私は思っています。
古いでしょうか?
(あくまで私自身の考えです)
大学生の長男が帰省し、子どもら2人を見ていて、果たして私のこれまでの子育てはこれでよかったのだろうかと不安に思う事が多々あります。もちろん後悔してることもたくさん。
でも、とりあえず、ちゃんと私のごはんを食べてくれて、ちゃんとまっすぐに日々をこなしてくれているから大丈夫かな?なんて楽観的な母であります。
家を離れた長男がこの先どういう風になっていくかは、これまで育てた私の責任が半分はあると思っています。どんな大人のオトコになっていくのか、今後楽しみでもあり不安でもあります。(苦笑)
私がこれまでマクロビオティックを実践していて一番気をつけていることは、家族で囲む食卓がこれまでと同様に楽しいものでなければならないという事です。
どんな内容だとしても、家族の不満の出るような食卓では、主婦として母として失格ですから。
自然に家族が食卓に集まる・・・そういう風景を理想にしてきました。
「食」というのは、生活の中心であり、子育ての中心だと思っています。それを担う主婦の立場はとても重要で、大げさに言えば、家族の将来にまで影響してしまうものだと考えています。
楽しく料理して、楽しく食べる。
家事や料理をいかに楽しむか。
義務でイヤイヤする家事は楽しくありませんし。
さぁ、主婦の皆さん、がんばりましょうねー!